恐ろしく整った横顔を見て、何だかなあと呟いた。
あれほど任務に明け暮れた挙句に死んだ自分達が、今は何の因果か若返って此処に存在している。
それがどれほど非常識なことか。
だというのに掲げた標語は「目指せ一般市民」だと言うのだから笑える。
こちらの世界は面白い。色々と面食らうものはあるものの、元々自分達は適応能力は高いのだ。大分馴染んできた。
だけど、こんなふうにヴァンツァーを眺めていると違和感が拭えない。
以前はレティシアが近くにいれば、必ず過剰なほど意識していたというのに。
今では体を強張らせる事も、極端に警戒する事もないのである。
全く可愛げがない。
こちらで初めて生き返ったこいつに会った時は本当に驚いたものだ。
指図されることを常とし、考えるという行動を苦手としていた姿からは想像もつかない。
「レティー」
声をかけられて、思考を止める。端末からこちらに目を向けたヴァンツァーには微かに呆れの色が浮かんでいる。
「さっきから何だ」
「何がだ?」
「とぼけるな。ずっと見ていただろう」
その質問には答えない。今日此処に来て初めてのヴァンツァーの真正面からの顔をまじまじと見詰めた。
相も変わらず人形のように整った顔立ちだ。
無言で立ち上がり、近付くレティシアを見詰めていたものの、頬に触れると訝しげに眉根を寄せた。
「おい、レ──」
その口が自分の名を呼ぶよりも早く、己の口で塞いでやると流石に男は身を硬くした。
しかし、やはりというべきか、その目が閉じられる事は無く真っ直ぐにこちらを見ている。
レティシアは苦笑した。
「目ぐらい閉じろよなぁ」
「それはお前もだろう」
男はぐい、と唇を拭って視線で何故と尋ねてくる。
「相変わらず人形みたいだと思ってな」
レティシアは笑うだけで何も答えず、ヴァンツァーは不機嫌に言った。
「俺の質問に答えていない」
「人って変わるもんだなぁって、な」
ニヤリと笑って見せると、冷たい目で一瞥される。そのままヴァンツァーは視線を端末へと戻した。
もう相手は終わりかよ、と内心で呟くも別段不服ではない。こういうところは全く変わっていないと思って笑う。
では何処が変わったのか。
誰かの指示を待つわけでもなく、自発的に興味があるものを片っ端から学んでいく。
暇が出来ても他にすることを見つけられる。自分で考える。
それから──
「前向きになったこと、かねぇ」
ヴァンツァーはレティシアの呟きを自分のことだと理解しているだろう。しかしそれでも顔どころか目線すら向けない。
そんなことには構わず、レティシアはまあ良い傾向か、と一人納得していた。そして『昔』を思い出した。

そっと触れると、分かりやすいぐらいに身を硬くした人物に微笑んで口付ける。
それでも濃い青色は伏せられる事無くレティシアを射抜いていたので、苦笑した。
「目ぐらい閉じろよな」
「……それは、お前もだ」
ヴァンツァーは乱暴な手つきで口元を拭うと、眉間にくっきりと皺を寄せながら、言った。
「今のお前の行動の意図が理解できない」
「オレはやりたいようにやるんだよ、ヴァッツ」

「お前も変わったぞ」
不意に落とされた言葉に、回想から現実へと戻る。相変わらず彼は端末と睨めっこしていた。
レティシアはちょっと目を丸くして、首を傾げる。
変化した自覚はあまりないのだが。
「何処が?」
そう問うと、ようやく男はこちらに顔を向ける。
まじまじとレティシアの顔を見詰めた後に、ゆるく首を振って呟く。
「止めておく」
「はあ? 気になるじゃねーか」
一瞬、少し脅してやるかと物騒な考えが思い浮かぶが、そこまでするのは大袈裟か、と思い直す。
とりあえず『普通に』お願いしてみた。
「教えろよ、ヴァッツー」
口を尖らせて訴えてみると、何を思ったかヴァンツァーが小さく微笑んだ。
レティシアは思いがけない男の表情にぎょっとして、目を瞬く。
その笑みが自嘲のような暗いものではなく、小さくはあるものの自然で柔らかなものだったからだ。
「そういうところだ」
驚きで固まったままのレティシアにそれだけ言うと、ヴァンツァーはまた表情を消して端末に向き直った。
我を取り戻したレティシアは小さく息を吐くとゆるゆると微笑んだ。
「ほんっと変わったよ、お前」


鎮魂歌(それは子守唄にも似た、)




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