真面目の真面目は不面目にも真面目に驚かれ

ぱらり、と紙を捲る音が聞こえる。
相も変わらずレティシアは定期的にヴァンツァーの部屋を訪れた。大抵はそこでゴロゴロしているのだが、今日は医学書を真剣な面持ちで読んでいる。
それならば自分の部屋に居ればいいのに、と考えてからそもそもオレの部屋は休息所ではないと考える。
だがそれを口にはしなかった。言っても多分、無駄だ。
ヴァンツァーは無駄なことをしない主義であったし、自分に害がなければ多少は煩わしくても労力を向けたりはしない。
しかもこの男は誤魔化しが巧いので、ヴァンツァーはレティシアに関することは全て、よっぽどでない限りは口出ししないことにしている。
ぱらり、とまた音。
端末から目を離し、レティシアを窺う。いつもとは打って変わって真剣な表情で本を読んでいる。
基本的ににやにやと笑っている奴なので、こういった顔は珍しかった(医学書を読んでにやにや笑っていても気持ちが悪いが)。
そこにレティシアの医学に対する姿勢が見えたような気がした。
この男が医者になるというのは怖いものがある気がしていたが、こんな顔を見た後だと不思議と大丈夫かもしれないと思う。
だが万が一自分がレティシアに診察されることは避けたいと瞬時に考えた。
「ヴァッツ? 何難しい顔してんだよ、人の顔見ながら」
「……いや、くだらないことを考えていた」
「ふーん? オレの顔見て?」
レティシアはもう先程までの真剣な顔は何処へやら、普段のようににやにやと笑っている。見慣れた顔だった。
「お前の真剣な顔は珍しいと思って」
「何? 見惚れた?」
ヴァンツァーは精一杯の呆れた眼差しでもってこの男を見詰めた。
「……珍しいものを見て驚いただけだ」
この男があんな顔をするのは本当に滅多にないことだった。よっぽどのことでない限りは大抵ニヤニヤ笑っているので、真剣な顔は落ち着かない。
もしこの男が医者になったとしたら、ニヤニヤ顔ではしまりがないなと思う。かといって常に真剣な顔をしているレティシアというのも──。

再び考え込んだヴァンツァーは、訝しげなレティシアの視線に気付かなかった。
だがレティシアは自分の顔を見詰めて悩むその姿に思うところがあったらしい。


「オレ、今すっごい不名誉なこと考えられてねえか?」


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