見覚えのある帽子が地面に落ちているのを見つけて拾い上げる。
さて持ち主は何処だろうかと思ったその時、声が掛かった。
「よう、ドレーク屋」
相変わらずの薄ら笑いを浮かべてスタスタと歩みよってくる。
彼がやってきた方向を見れば、呻いて地面に伏せている数人の男。
呆れた眼差しと共に帽子を差し出す。
「またか、トラファルガー」
「絡んできたのはあっちだぜ」
帽子を受け取ろうと伸ばされた腕、その袖口から覗いた傷に眉を顰める。
この分では他にも怪我をしてそうだった。
そう認識した途端、口が勝手に動いていた。
「来い、トラファルガー。手当てしてやる」
全く、と我ながら呆れる。どうして自分はこうもコイツを構ってしまうのか。
しかしドレークの言葉を聞いた途端、ちょっと口角を上げて笑うその顔がいつもの笑みとは違っていたので、まあいいかと思った。

放置するには酷いが、人を呼ぶまでもない傷だと判断してドレークは消毒液を取り出した。
腕に包帯が巻かれるのを見詰めながら、何が楽しいのかローはくつくつと笑う。歪んだものなど感じさせない。
こういったとき、ドレークは何とも言いがたい気持ちになる。
ローの素直な笑顔を見慣れぬためかもしれない。
それにしても、
「何故お前はいつも怪我をするんだ。お前ほどの腕ならあんな奴等から怪我など負わんだろう」
「随分買い被ってくれるんだな、ドレーク屋」
買い被りではないはずだ。視線で訴えればローはふいと目を逸らした。
やれやれと溜息を吐く。包帯を巻き終えて腕を放せば、ローが俯いた。帽子の影で微かに笑うのが見える。
帽子を取ればいいのに、と不意に思った。
手を伸ばせば、ビクリとローが身を引いた。それにも構わず、帽子を奪う。
「屋内だぞ」
今更言うなど不自然だったかもしれないと思ったが、ローは弱冠居心地悪げに髪を手櫛で直しただけで何も言わなかった。
ふわふわした帽子を机に置く。
「そう言えば」
その声に顔を向ければ、ローが立ち上がってドレークの頭に手を乗せた。そのまま極自然にドレークの膝の上に座る。
「アンタの帽子を取ったトコ、初めてだな」
「……トラファルガー」
至近距離で睨みつけたにも関わらず、ローはなんだよ、と首を傾げた。全く悪びれないその様に脱力する。
「降りろ」
「キスしたらのいてやるよ、ドレーク屋」
心底おかしそうにくつくつと笑って、ローはドレークの顔を悪戯っぽくのぞき込む。
表情も行動もどこか子供じみているからこそ、ドレークはその扱いに困惑させられた。
果たしてそれが何処まで本気なのか。
ローは何が楽しいのか頬を緩ませたままクスクス笑ってはドレークの髪を弄っている。
仕方ない、と胸中で呟いてドレークはローの背中と後頭部に手を添える。ぎょっと目を開いた彼に構わずキスをした。
した本人は平然とした態度で口を離すとこれで満足かとローを見詰めた。
が、された当人、ローはと言えば自分から言ったことにも関わらず、動揺しているのがはっきりと見て取れる。
紅潮した顔で視線をさ迷わせていた。
その態度に首を傾げる。
「お前が言い出したことだろう」
「……まさか本当にするとは思ってなかった……」
再びドレークは首を傾げた。
「結局お前はオレの膝の上にいるのと、キスのどちらを望んでいたんだ」
ローは拗ねたようにそっぽを向いてぼそりと呟いた。
「真面目な分タチが悪い……」
そうしてするりと膝の上から降りると、正面に立った。
先程までの上機嫌が嘘のようにその目が冷たく光ってドレークを見据えた。
「……何でもかんでも許すなよ。もっと調子にのるぞ?」
そう言って口角を上げたローだが、その笑みは暗い。
そうじゃない、と胸中で呟く。させたいのはそんな顔ではない。
「嫌なら拒絶しろよ」
しつこいほどに仕掛けてくるのはコイツだというのに、実際に触れれば怒る。
自分勝手な奴だと思ったがドレークはそれを咎めはしなかった。
ただ内心で呆れの念を抱いて深い青の目をのぞき込む。
「トラファルガー」
「なんだよ」
「一つ、教えてやろう」
それを言い終えるや否や、ドレークはローの腕を引いた。
虚を衝かれたローの身体は呆気なく先程までの位置、つまりドレークの膝の上に納まった。
驚きに固まった彼に構わずドレークはそのまま話を続ける。
「オレは嫌いな人間の手当てをしたり、そいつ触れられてやるほどお人好しではない。そして好きでもない奴にキスしたりしない」
分かったか、トラファルガー。
そう告げれば、しばらくの間硬直していたローは嘘だろう、と呟くので嘘ではない、と言う。
「いいか、オレはお前が──」
「言うな!」
俯いていたローが必死の表情でドレークの口を手で覆った。そういう表情に新鮮味を感じて、帽子を取っておいてよかったと思う反面で呆れを抱く。
睨みつければ彼は居心地悪げに視線を逸らした後、空いている片手で顔を覆う。
「ちょっと、待て。つまりその、本当に? からかってるわけ、ないよな? あんたはそんな冗談言うタイプじゃねえし」
視線で当然だ、と訴えればローはうーだとかあーだとか呻いた挙句、また顔を伏せる。
その耳が赤く染まっているのに気付いた。
「いいか、言うなよ、ドレーク屋。今、整理中だ」
そう言ってドレークの口を塞いでいた手を恐る恐る下ろす。
「何故だ」
「……う、れしすぎるからだよ馬鹿!」
「そうか」
ドレークは少し笑って、それからまた口を塞がれては堪らないのでローの手首をしっかりと掴む。
え、と目を丸くするローに向かって言う。
「トラファルガー、先に仕掛けてきたのはお前だ。だから、遠慮はしない」
その深く青い目を見詰めて、
「好きだ」
ローは見る見ると顔を赤くするので、ドレークは笑って、お前がそんなに純情だとは知らなかったと言えば、彼はドレークに凭れかかった。
顔を肩口に埋めた状態でぼそぼそと呟く。おかげで聞き取るのに苦労したが、その言葉にドレークは微笑したのだった。
「アンタだからだよ」


世界は廻る


甘い……ドレークさん難しいなぁ;

inserted by FC2 system