ざぶりざぶりと波音が耳を擽った。心地よいその音が眠気を誘い、目を閉じる。
全身が睡魔に包み込まれた、その時だった。凄まじい衝撃と共に息が出来なくなる。
目を開けて苦しい首元を押さえれば、服が背後から引っ張られているのだと分かる。
自分の襟首を引いているのは誰かと顔を上げれば
「ドレーク屋……」
顰め面をしたドレークがローを見下ろしていた。
「死ぬ気か?」
厳しい眼差しと共に言われ、今の状況を思い出す。自分は石垣に座っており、足は空中、その下は──海。
こんなところでまどろむなど、能力者には危険極まりなかった。特に、海賊には。
「……もしかして、助けられたわけか。思ったよりお節介なんだな、ドレーク屋ぁ」
「お前……もう少し危機感を持ったらどうだ。その気ならオレはお前を殺せていたぞ」
「アンタはそんな姑息な真似、しないだろうが」
「……他の者なら、分からんぞ」
ローは喉の奥でくつくつと笑う。この男のお節介がまさか自分に及ぶなんて、考えたこともなかった。
それからドレークを見上げて、にやりと笑う。
「何故、助けた? いずれ後悔するかもしれないぞ、ドレーク屋」
挑発的に言ってみたが、自分を見下ろす彼の表情に変わりはなかった。
「さあな、お前が落ちそうだったのが目に入ったときには手が伸びていた」
さらりといたって真面目に言われ、予想外のその言葉に戸惑った。正直すぎだ、こいつ。
更には
「お前こそ、何故こんなところで寝たんだ。下は海だぞ。共も付けずに、無用心過ぎる」
などと説教を始める始末だった。その目は揶揄るようでもなく、ただただ思ったことを述べているだけと分かったのでローは黙った。
これが他の奴であったなら、指図するなと刃を向けたところだが、相手がドレークとなっては話が別だった。
ローは何度か言い淀んだ後に、ようやく一言だけ言った。
「あんた、変わってるな……ドレーク屋」
虚を衝かれるとはまさにこういうことだなと納得しながらの発言である。
「お前ほどではないがな」
真面目に返してくる辺りが可笑しい。ローはくつくつと笑う。
無性にこの男が気に入ってしまった。
ドレークは内面の複雑さを表したかのような、微妙な表情でこちらを見た。
「何がそれほどおかしい?」
「いいや、別に。……アンタのお仲間は?」
「この後に合流予定だ。お前は?」
「さあ。大抵は船だと思うぜ」
お前の船は、と尋ねてくるので何故そんなことを聞くのだろうと思いながらあっちだと指差した。
ドレークはそうか、と頷いて丁度いい、と言った。
「何が丁度いいんだ?」
「オレの仲間も向こうだ」
「……?」
ドレークの意図が読めず訝るローをよそに、ドレークの腕がローに伸びる。
揺れる視界と体に、担ぎ上げられたのだと気付く。
突然の事態に理解が追いつかなかった。
一体何故、自分はドレークの肩に担がれているのだ?
地に足が着いておらず、また人に体を預けたこの状態が不安で、ドレークのマントを握る。
「こら、おい、ドレーク屋! 何するんだ!」
「不用心だと言ったろう、トラファルガー。帰れなかったのだろう?」
ぎくりと体を強張らせる。己の不調が見抜かれていたとは。
体調管理もままならない人間だと思われたに違いない。
素直に認めるわけもいかず、ローは取りあえず鼻で笑う。
こうなっては一刻も早く下ろしてもらう必要があった。
「何言ってんだ、オレは迷子じゃないぞ」
「誤魔化すな。顔色が悪い」
「いつも言われてることだ、気にするな」
ローのこの言葉には溜息だけを返して、ドレークはそのまま歩き出した。
この状態がどうにも不安定で、ローはしっかとマントを掴んだままだ。
下ろせよ、と言ってみるものの相手は応じる気配など微塵もない。
通常とは逆に流れていく風景が気持ち悪い。揺れる視界も不快だ。
ローは目を瞑る。
これで不快感が少しは軽減されればいいのだが。
「ドレーク屋」
布越しの男の体温が温い。
「お節介だな」
「知らん」
くつくつとローは笑う。憐憫にも似た気持ちを抱いて、笑った。
「アンタには、向いてないよ」
何が、とは言わなかったがドレークには十分伝わっただろう。
男はもう一度知らんと答えた。
やはりドレークの体は温かった。

体温



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