何故この男はこれほど頻繁に自分の部屋を訪れるのだろうかとヴァンツァーは首を捻る。
理解できない、と考えてからそもそもコイツは理解の及ぶ相手ではなかったと思い当たる。
レティシアはベッドに寝そべっている。
ヴァンツァーはそのベッドに背を預けた状態で床に座り込んでいた。
何故自分のベッドは占領されているのか。
手元の本を見詰めながらも意識は思考へと切り替わる。
ファロットである自分は大抵の人間の行動や言動、性質が読める。
それはファロットだからこそ身についたものであり、他者と接する際には常にその能力を発揮してきた。
しかし、この男──レティシアに対しては別であった。
見抜けない性質、理解のできない行動。
それらに戸惑い、だからこそヴァンツァーはレティシアを嫌悪していた。
──以前は。
もしかしたら憎悪ですらあったかもしれない。
あれはかつて、名のつけられぬ感情であった。いまだに答えは出ないが。
自分とは異なる存在。
自分の意思を持ち、それでも何故かファロット一族という立場を甘んじて受け入れる様。
技量が誰よりも優れていたレティシア。
当時では決して気付かなかったであろうが、ヴァンツァーは彼に囚われていたのだ。
だからこそ彼が理解のできない存在であることが憎かった。
理解できないその性質を嫌悪し、そして何とか理解しようと、近付こうと苦心した。
かつての自分は彼に何らかの幻影を見ていたのだ。
絶望に枯れた心の最後の絶望。
全てが、求める答え以外の全てが、どうでもよくなっていたはずの自分は、気付けばレティシアに執着していた。
そこまで考えて思考が結論へと向かう。
つまり、
「レティー」
「んー?」
彼の存在がこんなにも近くある事を許せ、そうして躊躇う事無く名を呼べる。
理解のできない相手であることは変わりないのに、これ程自分の心境は違う。
そのことにひっそりと満足しながら言葉を紡ぐ。
「オレはお前の事がわりと好きだったらしい」
ベッドを見上げる。
金色の暗殺者は目を見開いて驚いた後吹き出した。
「なんだそりゃ」
くつくつ笑って端末を放り出す。横たえていた体を起こした。
「それは過去形なのかよ」
どうだろう、と首を傾げた。
どこか挑戦的な光を浮かべた飴色の目に見詰められ、ヴァンツァーはベッドに乗りあがる。
とりあえず、レティシアの胸倉を掴んで口付けた。
自分からキスするほどには、好きであることは間違いなかった。

隣に並んでいたかった
(理解できないという事を理解した今、並ぶ事はできなくても)(傍にいるだけで満足できる、なんて)
群青三メートル手前「沁々三十題」より





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