「ほんと馬鹿だよなアイツ」
そうだねとオレは返した。
「アイツ」とは我等が司令塔にしてダジャレ王、伊月のことだ。
日向は窓の外を見つめながら、もう一度馬鹿だと呟く。
その目はあの少女を見つめる目に似ていた。

長い黒髪、控え目に微笑する女の子らしい女の子。
一目見たときから、ああ日向が好きになりそうだと予感がした。
そして実際、そうなった。
日向は少女を見つめた。
しかし少女は―――伊月を追っていた。
彼女は打算的だった。
日向の恋というには余りにも未熟な好意を知っていた。
だから彼にこっそりと伊月が好きだと打ち明けて、協力を望んだ。
日向のお人好しも知っていたに違いない。

自分とて優しい優等生の裏にもう一つの顔を持っている癖にどうして日向は少女の二面性を見据えようとしなかったのか。
それは、日向が彼女に夢見ていたから。
そして彼女は彼にお人好しの都合のいい男を望んだ。
人が他者を見る目などそんなものだ。
そして人は他者からの目に振り回される。
人など薄い。

少女の失敗はただ一つ、伊月が日向を好いていたことだ。
同性としての茨を平気で踏分ようとするまでに想っていたことを、知らなかったのだ。
日向は少女を、そして彼女を通して伊月を見た。
しかし日向は知らない、伊月が真っ直ぐに彼を見ていたことを。
伊月は日向が少女の想いを叶えようとするのを、どんな思いで見てきたのだろうか。
そして彼女に告白された伊月は、あっさりと振った。
好きな人がいるから、と。

「伊月の好きなやつって誰なんだろ」
まさか自分だとは夢にも思っていない日向。
オレはひっそり微笑む。
無垢な残酷。
しかしそれがオレにとっては何より愛しい。
ねえ、日向。何にも伊月のこと知らないね。
本当の伊月も日向も、何処にもいない。
本人達ですら探している。
皆の目に映るその姿をガラスのように何枚も重ねて光をあてれば、少しはホンモノに近付くだろうか。

「伊月、何考えてんだろ」
何て皮肉なんだろう、日向が少女を好いたことによって、伊月に彼の意識が向けられるなんて。
しかし何気無い日向の一言は、日向自身に影響を与えた。
例えるなら、静かな湖面に葉が一枚落ちて波紋を広げるように。
日向の目が小さく見開かれ、次いでそっと伏せられた。
ああ、伊月が分かんなくなっちゃったの?日向。
オレが手伝ってあげようか、パズルのピースを集めるかのように。
ねえ、日向、そして合わないピースにがっかりするかな?
それとも無理矢理はめこんで描かれた絵に愕然とする?
日向はゆっくりと顔を上げた。

オレは思わずどきりとして、目を瞬く。
彼の目に浮かんでいる色は、今まで見たことのないもの。
それが何なのか、オレには分からない。
日向は視線を再び窓の外に向けて、言う。
「なあ、小金井。伊月は何を考えてんだろな」
それは、今オレが日向に聞きたいことだよ。
ああ、もうだから人なんて分からないんだ!


景色に告ぐ、(真偽なんて分かったもんじゃない)

小金井君を書いたはずなのに、どうしてこんな腹黒い電波になってしまったのか……(090522)

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