壁にもたれ掛かったヴァンツァーは、糸の切れた操り人形のようだ。
任務を終えたこの男はいつもこうであった。
報告を終えて戻ってきたレティシアにゆっくりと視線を向ける。次は、とその目が語る。
「当分はオレ等は休みだとよ。ゆっくり休めってさ」
レティシアの言葉にヴァンツァーは眉をひそめて立ち上がる。
ゆらりと動くその姿に微かな苛立ちを覚えた。
「任務を貰いに行く気か?」
ヴァンツァーは無言だったが答えは明らかである。
レティシアはくつくつと笑って彼に近付いた。
手を伸ばせば逃れようとするが、それをもう片手で制して頬に触れた。冷たい肌だった。
「暇は嫌いか?」
藍色の目が黙って自分を見下ろしている。
レティシアはにこりと笑って続けた。
「それとも、考えてしまう時間が出来るのが嫌なのか?ヴァッツ」
その質問には答えの代わりに冷たい声が寄越される。
「離せ」
いまだ掴まれたままの腕を振り解こうとするが、レティシアは力を込めてそれを許さない。
「なあ、答えろよ」
「……お前には、関係ない」
冷たい声に冷たい目、はっきりとした拒絶。
レティシアは笑みを深くして、受身を取る暇すら与えずヴァンツァーを背中から床に叩きつけた。
ヴァンツァーの両手首を床に縫い付ける。
痛みに眉を顰めながらも、彼の眼光が鋭くレティシアに向けられる。
こうでなくては、と笑う。
この男がぼんやりとする様など、見ていて面白くなかった。
「なあヴァッツ」
そっと囁く。
「殺してやろうか?」
藍色の目が動揺する。ヴァンツァーは至近距離にあるレティシアの目を見ようとせずに、どけ、と言う。
先程まで冷たく光っていた藍色が、今は空虚に彩られている。
──これだ。
この表情をさせたのは自分だ。だがレティシアはこの顔が嫌だった。
満たされぬ想いに苦しみ、絶望し、やがてそれにすら慣れてしまったこの男。
そんな顔をするなら死んだ方がましだ。
だから殺してやろうと思う。
しかし──ヴァンツァーがもし満たされる時が来るというのなら、その表情を見たいと思う。
そんな時が果たしてくるのかどうか。
いっそ自分がコイツに答えをやれたら、望みは二つとも叶うのに。
「なあヴァッツ。オレは善意で言ってるんだぜ?絶望しきってんだろ?」
藍色の目がゆっくりと向けられる。
そしてヴァンツァーは緩慢に、しかし珍しくも微笑んだ。
「レティー……お前は、ずるい」
か細い囁きであった。
ぱちりと何かがはぜる。
レティシアは笑った。
「ずるいのはどっちだよ」



ぜつぼうのいろ

(090522)

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