静かな休日だった。
吹き込む風が微かにカーテンを揺らし、遠くのほうでは子供の笑い声が聞こえる。
家の中は皆出かけており、誰もいない。
あまりにも静かだった。
どうしても課題に集中しきれず、右手のシャーペンをくるりと回す。
くるくる回るシャーペンと、それをのせた手を何とはなしにぼんやり見詰める。

日向の手を、そっと撫でる手。
少しだけ冷たいそれは、確かめるように日向の右手をなぞり、ゆるゆると握った。
そして、

「あ」
ぼーっとしていたために、無意識にシャーペンを動かしていたようだ。
課題のプリントに何の意味も持たない線が横断している。
ペンを手放し、消しゴムに持ち替える。
(この手、に)
フラッシュバックした情景を打ち消すように、慌てて消しゴムをかける。
焦ったためか、その手が直ぐ近くに置いてあったグラスにぶつかった。
「……あー」
やってしまった、と溜息。
(何やってんだろ、オレ)
倒れたグラスの中の水が、プリントに染み込んでいく。
じわじわと広がるその様を見詰めた。
早く拭かなければ。
拭き終わったいいものの、すっかり濡れてしまったプリントを放置して、日向は頬杖をついた。
どうしても視線は右手に向く。

──日向。オレ、ね。
伊月の声を聞きながらも、あの時日向の視線は握りこまれた手に向かっていた。
自分のものよりも、少し冷たいその手に。
──日向が、好き。

あの時の、伊月の顔はどうしても思い出せない。いや、見てないのだから当然か。
日向は机に突っ伏した。顔を横向けて、右手を見詰める。
伊月の手が、この手を撫でる感触も、その温度も。まだありありと残っていた。
(伊月の馬鹿、め)
胸に詰まるようなこの感情に、覚えはない。


右手の記憶

(090729)


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