「せんぱい」
掴まれた服の端に皺が寄る。
籠められた力の強さが伺えた。
「自分、だけ」
桜井は顔を上げない。
若松はただ見下ろすしか、できなかった。
彼の項の白さが目に焼き付く。
「ボクだけ、見てて下さい」
そう言って、涙の膜の張った目で見上げてきた後輩。突き放せば脆く崩れ去りそうな、そんな危うさ。
「さく、らい……」
名前を呼ぶことしか、出来なかった。
「若松先輩」
桜井の手が、若松の手首を掴む。
指先は冷たいのに反して温かな手のひら。
その熱に、くらりと眩暈がした。



がとける


(091129)

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