部室の中に、気になるものがある。部屋の隅に置かれたロッカーだ。
小さな、入学と同時に一人一人が買う鍵付きのものである。それがいくつか積み重ねられているのだ。
始めはただの物置だと思っていたのだが、誰も開ける気配がないし、何よりそのロッカーに貼り付けられた「封印」の文字。
筆で書かれた綺麗なその字は多分土田のものだ。
一体何が入っているのか。一度気になるとますます気になるから困ったものだ。
「なあ、何が入ってると思う?」
福田が問う。
降旗がうーんと首を捻った。考え付かないらしい。河原が口を開いた。
「普通にDVDとか、試合のデータとかじゃねえの?」
「だって誰も使ってねーじゃん、あれ」
「てか先輩に聞けばいいんじゃない?」
「いや、だってあの『封印』とか書いてあるとさあ……」
「火神はどう思う?」
「いや、別に。どうでもよくねえか?」
「言うと思ったよ」
「あの、ボク、この間見たんですけど」
「ん?中を?」
「いえ、小金井先輩があのロッカーに向かって手を合わせているところをです」
「……」
「……」
「ロッカーを拝んでた?」
「はい」
ますますその中身の謎が増す。
「手を合わせるって、何それ」
「聞けばいいんじゃねーか?」
「でもよ、火神。どうする?中身がとんでもねーもんだったら……」
「憶測で言ってたってしょうがねーだろ」

「は?あのロッカーの中身?」
結局、最も公平かつ即決しやすいじゃんけんによって質問役は降旗となった。
質問相手は悩んだのだが、小金井である。最も気楽に聞きやすかったからだ。合掌していたという目撃談があるのも彼である。
果たして小金井は、ニ三度瞬きをすると、困ったように笑う。
「うーん、何と言うか……」
水戸部が同じく困ったようにして、ちらりと視線を土田に向けた。
「努力の結晶?かな?」
「いやー、違うだろそれ」
土田と小金井のやり取りを聞いた伊月がやって来て、にやりと笑う。
「負の遺産かもね」
「その言い方はどうだろ」
土田が苦笑する。小金井は日向の方を見た。彼は相田となにやら話している。
伊月が彼を呼ぶ。日向がこちらの方を見た。何だよ、と首を傾げる。
「降旗がこのロッカーの中身が何か気になってるんだってー」
「あれ、か……」
「いやあの……」
主将は眉をしかめて、僅かに俯く。相田が苦笑した。
何かまずかったのかと降旗や、見守る一年生も慌てた。
「オレの、」
彼はぽつんと呟いた。

「オレの、力不足の招いた犠牲だ……!」

沈痛な面持ちと暗いその声に、まずいことを尋ねてしまったのだと降旗は凍りついた。
振り返って仲間を見るも、彼らもこの展開に困ったように立ち尽くしていた。
どういうリアクションを取るべきかも分からず困り果てた降旗だったが、その状況は容易く打破された。
「まあまあ、キャプテン。あの犠牲が無駄じゃなかったことは、分かってるだろ」
伊月が優しく諭すように言って日向の肩を叩く。相田が口を開いた。
「日向くん。出してしまった犠牲はどうしようもない。なら、犠牲を出さないようにするしかない。分かってるでしょう」
「ああ」
「ロッカー、やっぱ止めたほうがいいのかなあ?」
「でもさあツッチー、オレはあのロッカー見るたびにがんばろって思うんだけどー」
小金井の言葉にこくこくと水戸部が頷く。
「コガよく拝んでるもんな」
一体全体どうなっているのか。まったく話に着いていけず、ちっとも謎が解明もされないのだ。
二年生独特のテンポに口を挟む隙がなく、気付けば五分ほど時間が経っていた。
「いっけない、みんな早く!練習始めるわよ!」
鶴の一声ならぬカントクの一声に、慌ててそれぞれが飛び出していく。
残された一年生陣は、で、と互いを見交わす。
「何一つ分からなかったんだけど」
火神がぽつんと呟いて部室を出て行く。
「……キャプテンに関わるモノである、ということだけですね、分かったのは」
黒子がそれに続いた。他の面子もそれに連なる。遅れていくわけにはいかない。
降旗は最後に部室を出る前に、そっと振り返った。
「封印」と書かれたロッカーは影になって見えない。
ふと二年生にはぐらかされたのだろうかと考えた。


開かずの扉
(100208)


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