一体全体、何が起ころうとしているのだろうか。
小金井はきょとんと首を傾げた。
今日の練習も終わり部室に戻ったのだがそこで相田が取り出したものは何故か日向の趣味である武将フィギュア。
日向といえば、真っ青な顔で硬直している。
そういえば彼の今日の部活中のテンションはおかしかった。
シュートを外す度に今みたいな顔をしていたのだ。
「何が起こるわけ?」
隣の水戸部に尋ねるも、彼も分からないらしかった。
伊月が呟いた。
「なんだか、嫌な予感がする……」
「例えば?」
土田が尋ねたがそれに伊月が返事をするより早く、事は起こった。
「日向くん。今日は三体ね!!」
相田の声と共に、ボキリと不穏な音がした。
小金井はその予期せぬ事態に絶句する。
日向の、大切なフィギュアを、カントクが、折った。
「も、元親ー!!」
日向の絶叫。しかしカントクはそれに構わず二体目に手をかけた。
「ちょっ……カントク?!何やって――」
ボキリ。
小金井の問いも虚しく、次の犠牲。
ボキリ。
更にその次。
相田は壊した三体をベンチに置いて、硬直している小金井達を見回した。
「今日から、日向くんは全体練習のときにシュートを外した分だけ、フィギュアを壊すわ」
「えっ、じゃあそんなの……」
いくら日向だって、毎日フィギュアを壊すはめになる。
彼がいくつフィギュアを持っているのかは知らないが、下手をしたら無くなってしまうんじゃないだろうか。
続けようとした言葉を小金井は飲み込む。
カントクがそんなこと無理強いするはずはないから、恐らく日向が決めたことなのだろう。
皆、呆気に取られた顔をしていた。
フィギュアの残骸を見つめていた日向が、不意に動き出した。
「……もうちょい、練習してくるわ」
バタン、と扉の音とともに、部室には沈黙が訪れた。
「……日向くんね、大事なとこでシュート落としたくないって」
ぽつんとカントクは呟いた。苦笑い。
「得点をいれないと皆をひっぱっていけないからって」
小金井は胸の辺りがぎゅっと掴まれたようになった。
日向が何故いきなりそんなことを始めたのかって、決まってる。
あの、試合。あのときの敗北は未だに苦い気持ちを溢れさせた。
必要な軸が足りなかったあのとき、自分の無力さに嘆いたのは小金井だけではない。当然のことだ。
まして日向は主将だったから。
(引っ張っていけないって、なんだよ)
そんなことを悩んでいたのか。
まだ自分の中にはくすぶるものがある。皆そうだろう。だというのに、日向は小金井より先に立ち上がったのだ。
そう思うと、胸の奥でざわめくものがある。
「馬鹿だなあ、ほんと」
伊月が眉をひそめて笑う。そして扉の方へ向かった。
「伊月くん」
「分かってる、ほどほどにして切り上げるよ。日向も」
振り返って笑った。もう眉はひそめていない。
「キャプテンはひどいよな。練習した後だってのに、人のやる気を出すんだから」
ぱたん、と扉が閉まる。
そうだよ、と呟く。
皆同学年なのだ、日向一人にいい格好させられない。その為には、
「オレだって皆を引っ張ってやる!」
練習しかない。
負けたくないのだ、試合にも、日向や他の面子にも、そして自分にも。
水戸部が頷いた。
土田も、普段よりも熱っぽい口調でそうだな、と言った。
小金井は扉の閉まる音を背中に、体育館へと向かった。

「まったくもう……」
水戸部の背も見送って、相田は溜め息を吐いた。
「どうした?」
「皆よ皆!練習メニューだって終えてるのに。無茶しなきゃいいけど」
「でも、」
土田がくすりと笑う。
「カントク、嬉しそうだぞ」
相田は笑っていた。
「いい起爆剤になってくれたわ、日向くん」
土田はふと気付かされた。
あの試合で耐えがたいものを負ったのは、自分達だけではなかった。
監督たる彼女も当然で。
だけど相田は、気付かせまいと振る舞って、選手を叱咤激励し続けたのだ。
「まったく、はこっちの台詞かな」
「え?」
相田が土田を見上げる。
「うちの監督といい、キャプテンといい、トップは人一倍頑張るからなあ」
こっちも頑張らざるをえないじゃないか。

じゃあオレも、と部室を出た土田を見送って、相田はもう一度溜め息を吐く。
「皆のやる気があるから、私も頑張れるのよ」
彼らを勝たせたい、共に喜びたい、そのために。
「さて、アイツらが無茶しないよう見張らなきゃね」
相田は部屋の電気を消した。



あなたが進むから、
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